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得と徳について その3 [得と徳について]

 何かと「得」をする人というのは、「得」を得られやすい環境整備が出来上がっている人
だと思います。

 この環境整備をするのには、多くの努力が必要です。
「損して得とれ」とか「急がば回れ」などのことわざにもあるように、一過性のその局面
だけの得に固執するのではなく、もっと大きな目で物事を捉える必要がある、というよう
にも受け取れます。

 自利利他精神といいましょうか、他人を利益を与えることによって自分も最終的に利益
を得る。「与えよ、さらば与えられん」です。

 この境地に至ると、もはや「得」は「徳」に転化しているのだと思います。
最初から徳のある人はいません。「徳」は自分の心の持ちようや行動が積み重なって
己の体から自然とにじみ出てくるものだと思います。

 ですから私は、得をしようという超世俗的、一市民的なところから始めて、得をするため
には、自分の行いや考え方を改めていくという過程を経て、最終的に徳の境地に少しでも
近づければ、と思う今日この頃です。

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得と徳について その2 [得と徳について]

 私がこのテ-マを書こうと思ったのは、ス-パ-でよく見かけるチラシがキッカケでした。
皆さんもよく目にしたことのあるうたい文句、「お買得」と「お買徳」です。

 一体どちらの言葉の方が正しいのだろう、と思って辞書を引くと、「お買得」が
正しくて「お買徳」という言葉は辞書を引いてもどこにも出てきません。
 おそらく「お買徳」という言葉は、当て字が広く一般化したものと思われます。

 ただいずれにせよ、「得」を「徳」と言い換える魂胆というか意図は何かしらある
はずで、そこに面白さを感じたわけです。

 そこで、私なりに「得」と「徳」の共通点なり、関係をあれこれ考えていくうちに
一つのつながりを持って理解できた、ということです。

 「得」を重ねていくことによって「徳」につながることになるのではないか、
というのが、現段階での私の見解というか解釈です。

 「得」は辞書にあるように、利益や儲けを表す文字ですが、世の中そうそう
濡れ手に粟的なラッキ-が転がっているわけではありません。
 むしろ「得」をしようと思ったら、得という結果以上の努力をしているのが大半
ではないでしょうか。
 生き方においても、何かと得な人はいますよね。
上司やお客様に何かと引き立てられる、評価される。飲み屋に行っても女性に
もてるし、何をやってもうまく行っているように見える人がいるかと思えば、
何につけても要領が悪い人、生き方が下手で何かと苦労が絶えない人がいます。

 私は、それぞれの人が持つ天性の性格は不変だと思いますが、社会に出て
もまれていくうちに社会から期待されている役割に応じた性格、つまり環境に
応じて変化する役割性格の要素が、歳を取ればとるほど強くなっていくような気が
しています。

 ですから「得」する人というのは、「得」を得やすいような人格が形成されている
のではないか、と思っています。

 こう書くと何かと不遇な人は、何か性格がねじ曲がっているかのような誤解を
与えてしまうかもしれませんが、決してそうではありません。
 考えてみれば、人生うまくいくことの方がむしろ圧倒的に少なくて、自分の思い通り
の人生を生きている人の方が圧倒的に少ないのが現実でしょう。
 これだけ人がいるのですから、自分の考えを通そうとすればいたるところでぶつかる、
否定される、評価されないなど日常茶飯事です。
 そうしてストレスをためる、挫折する、これが一般市民の標準的な生きざまではないで
しょうか。そういう点では、殆どの方々は、不遇の人生を送っているというのが正しい
現状認識なのかもしれません。 

 かくいう私もまさに煩悩の中にどっぷり浸かり、日々迷いと悩みの中でもがき苦しんで
いる人間でありまして、だからこそもっとお「得」な人生をおくりたいなあ、と切望して
いる一小市民です。

 ただ私は、「得」を得られやすい人にやっかむのではなく、何とかそうした「得」な人の
生き方のエッセンスを少しでも頂戴して、自分の生き方を少しでも改善しこうという向上心
が必要なのではないかと思っています。

 そうやって「得」な人たちの共通点を見ていくと、なるほどこれなら人の賛同を得られるな
とか、人から可愛がられるなと思う言葉づかいや仕草、配慮などが随所にあることが
分かります。
 その肝になる部分をこちらが、「いただき-。」とばかりに拝借して自分のものにして
いけば良いのです。

 先ほど役割性格と言いましたが、心理学的には環境性格というのでしょうか。
いずれにせよ環境によって後天的に形作られる性格というのは、自分の気持ちの持ちよう
でどうにでもなるのではないか、と思っています。
 よく環境が悪いから自分は評価されないのだ、とか自分の性格は暗いのだと言う方が
いらっしゃいますが、私はコロンブスの卵ではありませんが、
卵が先かニワトリが先かというのではなく

 環境が自分に作用し、自分の心のあり方が周囲の環境にも影響を与える

という相互に干渉しあっているというのが正しい解釈ではないかと思うのです。

 そうであるならば、まず自分の心の持ち方をもっと積極的な方向に変えていく、そうこう
しているうちに自分を取り巻く環境にも良い意味での変化を与え、あとは自分と環境
とが相互に影響しあって、プラスの方向のスパイラルを起こしていく。
 成功している人、「得」をしやすい人というのはこのプラスの相乗効果の波に乗って
生きている人と言えるのだと思います。

 私の仕事は税理士です。税理士は経営者、個人事業家、資産家という私たちのお客様
と主に財務、経理の側面から色々なご相談に乗り、アドバイスをするのが仕事です。
 小さい事務所ながらも色々なお客様を見てきて、成功している人、「得」を得られやすい人
というのは、前向き、素直、積極的、大胆にして細心など共通項がいくつもあります。

 皆さんも皆さんの周りにいらっしゃる、必ずツイている人、人を惹き付ける人、運の強い人
など、これはと思う人の行動をつぶさに観察し、少しでもエッセンスを頂いたら如何ですか。

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得と徳について その1 [得と徳について]

 平成23年4月1日から私の所属する東京地方税理士会緑支部の支部長
に就任しました。
 平成7年に、当時勤務税理士として勤めていた東京都町田市から横浜市
に移転してきて早16年になります。
 当初から緑支部の会務には多少お手伝いはしてきましたが、自分が支部長
なるのか、と思うと何か複雑な思いがします。

 支部長の仕事は、支部をまとめること、支部会員の意見を会務運営に生かすこと、
本会(うちで言えば東京地方税理士会といいまして、神奈川県と山梨県がその管轄
区域です)の施策を支部会員に伝達し、本会の施策に協力すること、及び管轄地域
の税務署、法人会、青色申告会他関連団体とのお付き合いが主な仕事です。

 東京地方税理士会の場合、神奈川県と山梨県の2県内に計20の支部があります。
支部長は言ってみれば、支店長或いは営業所長という位置づけでしょうか。
そういうことで、本会からみれば一営業所長ですし、緑支部に限定すれば支部の長
ですし、中間管理職とトップとが入り混じった微妙な立場でもあります。

 昨年の11月に正式に就任が決定したのですが、決まった時の感想は二つあります。
 一つは、もうそんな歳になってしまったのかなあ、という何とも言えぬ寂寞感。
いつまでも若いつもりでいたのですが、振り返れば55歳という、中年ど真ん中ですし、
白髪も大分増えてきました。また多少猫背も進んできました。
 もう一つは、いつまでも若手ぶっていられないのだなあ、もっと若い世代の人たちを
引っ張っていくことが求められているのだなあ、という妙な責任感。
 この二つが入り混じった大変複雑な思いがしました。

 そしてその思いは今でも持っています。自分をもっと高めたいという意識が元来強く
人様の調整役を買うという感覚、意識をほとんど持ち合わせていない、大変自己中心的な
人間です。
 今でも自分が一番苦手とするポジションに就いてしまった、きちんとやれるだろうか
という不安感には常にさいなまれています。

 どうも言い訳だか、抱負だか分からないうじうじとした文面になってしまいましたが、
いずれにせよこの2年間一生懸命会務運営に尽力していきたい、という決意はあります。
支部会員の皆さんには、どうも頼りない支部長でしょうが温かいご支援、ご協力よろしく
お願いいたします。

 本題に入るまで大分時間がかかってしまいました。失礼しました。
今回は「得と徳」について、自分の考えるところを述べたいと思います。

 皆さんまずこの「得」と「徳」についてどういう感じをお持ちになりますか?
 まず「得」については、もうかった、ラッキ-、計算高さ、うまくやりやがって、など大変世俗的
な感じがしませんか。
 一方「徳」という文字から受ける印象は、大変高貴なもの、精神的なものという感じがします
よね。
 広辞苑を引くと「得」というのは、もうけ、利益、手間や費用がかからず便利なこと、とあります。
一方「徳」については、正しい人道を悟り行いにあらわすこと、正義、善道、身についた他人を
敬服させる力、とあります。

 まさに皆さんの第一印象通り、片や世俗的なものであり、もう一方は精神的、哲学的なもの
であり、両者は対極にある文字と言えるでしょう。

 しかし、私はこの二つの文字は同義語になるのではないか、という考えを持っています。
それは「得」をすることが「徳」につながると思うからです。


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