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平成24年度がスタ-トしました [閑話休題   ]

 私のブログを読んで下さっている数少ない読者の皆様、大変ご無沙汰して
おりました。

 最近は税理士会緑支部への支部長ブログの投稿を頻繁にしている一方で、
肝心の事務所のブログ更新がすっかり遅れてしまいました。
 それだけ支部長会務に時間をとられているということでもあります。
緑支部の支部長職はあと1年間となりました。ようやく折り返しを過ぎました。
 やっと支部長職にも慣れてきましたので、今後は再び事務所のホ-ムペ-ジ充実
及び事務所ブログを通じての情報発信に力を入れていきたいと思っています。

 さて平成23年は東北地方大震災が日本経済に大打撃を与えた他、ギリシャに端
を発した欧州の経済危機やら、北朝鮮のキムジョンイル総書記の死去に伴う政治情
勢の不安定化など、日本内外を問わず不安要素が増大した1年でした。
 平成24年も平成23年の流れが変わらず、依然として深い霧の中にいる不安定
な1年間となりそうです。

 私は最近日本経済及び世界経済の動向に非常に興味を持ち出しまして、その手の
書籍を大分読んでいます。
 いろいろと自分の思いも溜まってきましたので、ぽつぽつ自分の考えをブログにて
吐露していきたいと思います。

 それでは次回以降をお楽しみに、って誰も期待していないか?(苦笑)

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今年も [閑話休題   ]

 失礼しました。記事作成中途で誤って投稿キ-を押してしまったようです。

 9~12月支部会務が最も活発な時期が、税務調査の繁忙期と重なっている
のでたまったものではありません。

 この数年支部会務で最も頭が痛いのは、電子申告の普及です。
国税庁が電子申告を国策と位置づけ、電子申告の普及を数年前から強力に推進して
きました。
 申すまでもなく、電子申告普及の中心的な役割を担うのが税理士です。
税理士は、税理士法の第1条に規定するように、申告納税制度を民の立場から支
える最大の団体です。
 申告納税にあたって、従来からの来所による申告や郵送による申告を、パソコン
からのインタ-ネットによる申告に移行していこうというのが電子申告です。

 私の事務所も遅ればせながら、平成22年から殆どの申告を電子申告に移行しま
した。
 私自身はあまりパソコンが得意ではありませんが、事務所職員に大いに手伝って
もらい、2年越しで切替えに成功しました。
 しかし、税理士さんの中には、一人でやっている方が意外に多く、また税理士の
平均年齢も約60歳(!)ですから、パソコンに不慣れな方はなかなか電申告に移行
できないのが実情です。

 そんな税理士会員のために、さる9/26~9/28の三日間、緑税務署と合同
で、電子申告導入研修会を開催し、60名の税理士会員に参加してもらいました。
 また10/17には支部定例会の後半に電子申告パネルディスカッションを開催
し電子申告にあたって様々な不安要素、導入のメリットなど様々な角度から電子申告
への疑問質問に検討を加えました。
 その結果が早速出まして、緑税務署管内の税理士の電子申告新規導入率が、東京
国税局管内85署中、なんと3位の好成績を収めました。
 
 電子申告の推進は最初は税務署の業務の効率化から入りましたし、当時は電子申告
ソフトの使い勝手が悪く、かえって手間をとられたものですが、今のソフトは大変
改良され使い勝手も良くなりましたし、我々税理士にとっても、業務の効率化と事務
所のペ-パ-レス化に寄与するものとして、電子申告は欠かせないものとなりつつ
あります。

 事務所内部の業務の効率化を図り、その分をお客様との折衝や各種相談の時間に
振り向けていくことが、より高度化しているサ-ビス社会に適応していくために必要
ではないのかとつくづく感じています。 
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今年も大変お世話になりました [閑話休題   ]

読者の皆様、大変ご無沙汰しております。
前回の投稿は、11月5日でしたから、約2か月近く空いてしまいました。
文字通り今日の投稿が平成23年としての最終の投稿記事となります。

 11月、12月は多忙な毎日が続きました。
まず、税務調査。秋の陣で計5件の税務調査がありました。
その内訳は、法人税3件、相続税2件です。
 法人税の調査のうち2件は、大変細かいところまで指摘を受けました。
 相続税の調査はやはり、故人の稼得した資金がどう使われて、どう蓄積されて
 いるかの調査に重点が置かれました。
ただどちらの調査も、以前よりも見るポイントが細かくなっているのが特徴的
でした。

 12月26日にようやくすべての調査が終了しました。税務署の指摘も細かい
ですが、お客様の要望、主張も細かくよりデリケ-トになっており、以前よりも
対応により神経を使うようになりました。やはり不況のせいですか。
世知辛い世相を反映しているようです。

 次に税理士会の支部会務に忙殺されました。
どの支部も事業年度は3月で、4、5月に事業計画を策定し、6月の総会を経て
正式に当年度の事業が本格的にスタ-トします。
 7月に税務署の人事異動がありますから、税理士会の支部も本格的な事業活動は
7月下旬ころからとなります。
 特に9月~12月はどの部も活発に活動を行う関係で、会合、会務が集中します。
この時期がに先の税務調査
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初めての入院生活 その4 [閑話休題   ]

 術後の回復は御蔭様で順調で、当初の予定通り8月20日には退院できることとなりました。         
 退院が明日に迫った19日、いよいよ入院もあと1日、この贅沢な時間を如何に有効に使おうかと考えましたら、そうだ、と妙案が浮かびました。
 それは、かねてから時間がある時にしたためようと考えていたことでした。

 「親」から「子」に送る手紙、と言いましょうか、

 子供へどうしても伝えておきたいこと、そして子供の将来像に対して親として思うこと、そして最後に子供に対する助言です。
 どこの親もそうでしょうが、わが子に対して言いたいこと、訴えたいことはそれほど山ほどあります。
 しかし今時の子たちは、と言いましょうか中、高、大学生のいわゆる思春期にある子供たちは、親の言うことをまともに聞く世代ではなく、どちらかと言うと避けている難しい世代であることもあつて、親は親として人生の先輩として、子供に伝えたいことが山ほどあるのに、残念ながら殆ど伝わっていないのが、悲しい現実ではないでしょうか。
 親が何か言おうとすると、子供は、まずい、また文句を言われるだけだ。と言って逃げ出してしまうのが関の山といったところですが、手紙という形であれば、時間があるときに読んでくれる。
 そう思って19日の丸一日をかけて、二人の子供たちに、小池家のこと、二人の職業選択についての親としての意見、そして今後の二人の将来に向けての生き方についての親からの助言、を書きました。
 書き終わったのが19日の夜11時ごろ。気がついてみれば、レポ-ト用紙に34~35枚ビッシリになっていました。
 さすがにこれだけ書くと、手がだるくもなります。しかし書き終わった時には何とも言えぬ達成感がありました。

 その「子供への手紙」は、退院して2~3日後に、本人に手渡しをした上で、私と妻そして子供たちを交え、その手紙を音読しながら、子供に滔々と訴えかけました。
 これには子供たちもさすがに神妙な面持ちで聞き入っていました。
 彼らはこの父親の行動そして呼びかけをどう受け取ったかはよく分かりませんが、少なくとも真剣に聞いてくれたということは事実ですから、この訴えがマイナスにはなっていないと思っています。
 これを機に、もう少し大人として、親の意見も少しずつ受け入れてゆく広い心を持ってほしいと願っています。
 ただ私も性急に事を運ぶのではなく、親から子への意見を十分聞いたうえで、今度は子から親へきちっとした返事をしてほしい旨も伝えました。期限は今年いっぱいまでとしました。
 自分も亡き両親には随分と苦労をかけてきましたが、まさに親の心子知らずで、親からの愛情は当たり前と考えていました。傲慢で甘えの構造の中で生きてきたわけで、今親としてわが子の教育に四苦八苦しているのも、因果応報なのかもしれません。
 ともかくじっくり時間をかけて子供と向き合うこと。大変ですがこれが親の責務ですから、辛抱強く応対していきたいと思っています。、

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初めての入院生活 その3 [閑話休題   ]

 さあ、楽になると途端にじっとしていられないのが私の損な性分でして、点滴はしていたものの6人部屋のベッドでゆっくりくつろぐとなるとどうしよう、と途端に迷ってしまいました。
 それでも、幸い今年の夏は北京オリンピックと夏の高校野球が重なったこともあり、昼間のTV放送もそうしたスポ-ツ番組をじっくりと観戦できました。
 こんなに夏の甲子園での高校野球そしてオリンピック競技の放映をじっくりと観たことは、人生50数年で初めてでした。しかしこれも私の悲しき性がムクムクと頭をもたげてきて、真昼間からこんなに寛いでいいのか、もっと別にやることがあるだろう、と囁くのです。
 こうした日々が1か月も続けば自分は気が狂ってしまうのではないか、とも思いました。
でもこれって、毎日働きバチであったサラリ-マンが、定年退職を機に体も心も定年後の生活環境についてゆけず、勤務していた日々のように定時に鞄を持って出勤していく悲しき日々と極めて似ていません?
 そうだ、これは神様から少し休めと特別休暇を与えて下さったのだから、罪悪感など持たずに十二分にTV観戦を楽しめば良いのだ、という気持ちとの間で揺れ動き、結局十二分には寛げませんでした。やれやれ。
 どうも自分は休暇に対する考え方が、高度経済成長時の日本人と似ていて、休暇を罪悪と考えてしまうフシがあります。だから休暇を取っても十分に寛げず、結局充実感を十分得ないまま、また仕事場に戻ってしまう、そしてその不達成感が仕事にも思い切り入っていけない、という悪循環をもたらしてしまっているようなのです。
 メリハリをつける、オン、オフをしっかり切り換える、オフが充実していればオンも充実できる、と頭では意識していても、現実の行動ととしてはどちらも中途半端になってしまう。
 このジレンマから未だに脱皮できずにいます。
 どうしてそうなるのかと言えば、一言で言えば自分自身を信用していないことに尽きると思います。 遊びに夢中になってしまうと、魂を遊びにとられてしまって、仕事に復帰できなくなるのではないか、という恐れがいつも自分の無意識下にあるがために、思いっきり遊びに入っていけないのではないかと思います。それはとりもなおさず自分への不信が根底にあるからです。
 気がついてみれば、人生の折り返し地点をとっくに過ぎ、あとは下り坂、もう楽しめる時間は刻一刻と減ってきているというのに、どうして自分の心が自分の行動にブレ-キをかけつづけるのでしょうか。
 あと10年元気で生活できると仮定したら、あと10年先には今ほどガツガツ仕事はしたくない、と思う一方で、今の自分の心が大きく変わらない限り、10年後も今と同じように仕事をしているのではないか、仕事に明け暮れているのではないか、という不安も大いに感じています。
 人生は仕事だ、と仕事を生き甲斐にしていらっしゃる人は、私のこうした心境は仕事を舐めているようにも受け取られかねないのですが、決してそんな気はありません。
 仕事は神聖なものであり、人生を賭けるべき価値の十分あるものです。
 しかし私は人生を終えて、仕事しか残っていない人生は歩みたくない。仕事のほかに余暇の時間の中でもう一つこれをやったという充足感を持っていたい。
 若いころにやった水泳、バイクももう20年近く遠ざかっており、この10年間でこれから老年に向かう自分の趣味を確立したいというのが、仕事以外での生きる目標です。

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初めての入院生活 その2 [閑話休題   ]

 こうして8月14日、手術の日を迎えました。
 当日朝9時看護師に呼ばれ、手術室に向かうと、執刀医、麻酔医をはじめ私の手術を担当するスタッフがずらり、にこやかに挨拶を受けました。
 総勢7~8名でしょうか。この位の手術でもこれだけのスタッフが必要なのか、物々しい雰囲気だな、と少々戸惑いました。
 そして上下の肌着を脱いで、代わりに手術着を着て手術台に上がりました。
 本人確認を行った後、早速麻酔医から点滴による麻酔の注射を受けると、見る見る間に眠気が襲ってきて1分もたたないうちに意識がなくなりました。
 それから約2時間後に、耳許で小池さん、小池さんと呼ばれるのを合図にようやく覚醒しました。
立とうとしましたが、足元がよろついており立ちませんでした。そしてストレッチャ-のまま病室に運ばれました。
 意識が戻ると同時に猛烈な鼻の圧迫感、そしと時間が経つにつれて局部の痛みが襲ってきました。
 鼻には止血のためガーゼが何枚もギュ-ギュ-入れられていましたからとても苦しく、それに腫れも伴っていますから、顔の中心部が猛烈に圧迫感がありそして腫れがあるため、目を開けることができません。
 また当然鼻は全く通りませんから、息苦しく口を大きくパカッと開けるしかないのですが、鼻から血がだらだら口の中になだれ込んできますから、流れてきた血を呑みこまないようにペッペッと吐かなければなりません。口で息苦しく息をしながら、しばらくすると口に溜まってくる血糊を吐くという大変慌ただしい状態で、しかも目は開かずまさにのたうち回っていました。
 結局手術当日は、殆ど一睡もできない状態でした。二日目つまり15日にトイレに立ち、洗面台で自分の顔を見ると、見るも無残な顔になっていました。顔の中心部が腫れてパンパンになっており、ただでさえ小さい自分の目はますます小さくなり、しかも真っ赤に充血していました。
 このひどい状態はいつ引けるのか少々不安となってしまいました。
 しかし看護師に聞くと、私の程度はごく普通の状態で、予定通り16日にガーゼを取り除きますから、そうしたら随分楽になりますよ、といった軽い返事でした。
 15日も出血の量は大分減ったものの、依然としてかなりの出血量はありましたから、この状態で止血ガーゼを取ったらまた血が止まらなくなるのでは、という別の不安が襲ってきました。
 そして16日朝、つまり手術の2日後に止血ガーゼを抜いてもらいました。
 といっても止血ガーゼには血糊がしっかりこびりついており、それを抜くのですから、むちゃくちゃ痛いのではと思っていました。やはり痛さは相当なものがありましたが、それも一瞬でした。
 もう一つの不安として 、せっかく少しずつ傷口からの出血が止まりつつあるのに止血ガーゼを取ってしまったら再び傷口から血があふれてくるのかと思いましたが、こちらの不安も杞憂に終わりました。確かに鼻の中に溜まっていた血が鼻からそして口からあふれてきましたが、それも一瞬でした。
 その血抜きをしてからは出血の量も大変少なくなり、ほっとしました。
 止血ガーゼをいつまでも入れておくことは、患部の回復を遅らせるだけでなく、腫れがいつまでも続く原因になるから、ということです。
 止血ガーゼを除去していただいてからは、大変楽になりました。
 勿論局部の腫れはまだまだありましたが、鼻に異物が入っていない開放感、そして腫れが大分引いたことで、腫れぼったかった顔全体が徐々にしまってきました。また充血しウサギのようだった目も見る見る間に白目が戻ってきました。
洗面台に映った自分の顔を見て大いにほっとしました。゜

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初めての入院生活 その1 [閑話休題   ]

 先日8月13日から20日まで8日間、生まれて初めての入院生活を経験しました。
入院の原因は、鼻中隔彎曲症とアレルギ-性鼻炎による鼻の粘膜の肥厚状態を改善する、つまり外科手術により鼻中隔軟骨の一部切除、及び肥大し厚くなった鼻の粘膜の一部切除手術のためでした。
 もう私は何十年も前からひどい鼻づまりに悩まされており、特に右鼻の通りが悪く、ほとんど空気が通らない状態でした。そのためにいつも呼吸は口呼吸になってしまい、寝ているときには乾燥した空気に喉がやられ、冬場はいつも風邪を引いている状態でした。
 当初は蓄膿症かとも思いましたが、黄色い濃が出るわけでもなく、そのまま何十年も放置していました。
 最近血痰らしきものが毎日出るので、大変に気になって病院を受診したところ、X線及び胸部CTなどの一通りの呼吸器系統の検査がありました。しかし特に肺、気管支が原因とみられる所見はないと言われ、ほっとすると同時にそれではその痰にざこからの血が混じっているか、という不安に襲われ、同病院の耳鼻咽喉科を受診しました。
 そこで私の鼻の内部を観察した医師は、特に右側の鼻は、鼻中隔が大きく彎曲している上に、アレルギ-性鼻炎が原因とみられる鼻の粘膜の肥厚症があり、それがために空気の通り道が全くない上に、粘膜同士がいつも重なってしまっているために、少しこすれただけでも鼻血が出やすくなっているので、それが痰に血がまじる元凶ではないか、と言われました。
 この状態を改善するには、投薬によりアレルギ-性鼻炎を改善し肥厚状態を改善することでもてできますが、もっと根本的な治療にするのなら、外科的に、そのつまりの状態を患部の一部切除により通りを良くすることの方が効果が高い、との医師の診断であったので、この際思い切ってやってしまおうと思い、手術を受けることを決意しました。
 以前私の祖母がひどい蓄膿症で悩んでいましたが、鼻の手術は痛いし、術後がとてもつらいので厭だ、と言って結局死ぬまで手術を受けなかったことも知っていたので、正直言って鼻の手術の日取りが決まった時には、大変憂鬱な気分になりました。
 でもあと何十年(?)もお付き合いする自分の鼻ですから、そういう状態があと何十年も続くことを思えば、一時の痛み、苦しみは仕方がないと諦めて、手術に向かいました。
 8月13日朝入院。当日は特にすることもなくブラブラしていました。ただ執刀医と麻酔科の医師が入れ替わり病室に来られ、明日の手術の方法及びリスクについての詳細な説明を受けました。
 私は局部麻酔にするのかと思いましたら、全身麻酔ということでビックリ。
 また手術の場所も、当初は鼻中隔の軟骨切除のみかと思っていたら、肥厚化した鼻の粘膜を一部除去するということでこれまたビックリ。
 通院時には手術の施行方法について具体的な説明を受けずに、手術の承諾をしてしまったのは失敗だったか、とも思いましたが時すでに遅し。勿論やるしかないのですが、大いに不安にもなってきました。
 われわれ税理士も特に相続税において、評価対象の土地についての広大地か否かの判断の局面などで、微妙な場合にはお客様にリスク説明を行うことが多々ありますが、こうしたリスク説明を聞くのは決して気持ちのよいものではありません。
 もしかすると失敗しますよ。失敗しても承諾した貴方の責任ですよ。と言われているわけですから、気の小さい方は大いに戸惑ってしまうのは当然です。しかもその決断をその場で決め、承諾書にサインをしなければならないのですから。
 現代社会は自己責任の時代。だから当然の要請として事前に十分な情報提供及びリスク説明が必要なのですが、そのやり方も相手にいたずらに不安を煽るようなやり方は、相手を追い込むことになるので決してしてはならない、と医師のリスク説明を聞いて強く感じました。
 ただ名誉のために言っておきますと、その病院の両医師ともににこやかに、穏やかに説明して下さいましたので、説明方法については決して患者を威圧するものではありませんでした。
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閑話休題~ブログ投稿100回記念記事 [閑話休題   ]

 気がついてみれば、今日は記念すべき100回目のブログ投稿になります。
 「閑話休題」では触れましたが、本格的にブログ投稿を始めたのが、4月9日ですから約4ケ月近くで3桁に突入することができました。
 ブログの話をすると、よく毎日書くテ-マがありますね。と感心(?)されているのか、それともよっぽど暇人だと思われているのか、よく分かりませんが、いざパソコンに向かうと書きたいことはそれこそいくらでもあります。
 今現在書きたいテ-マとしては、先日、といってももう1か月近く前に本会広報部の人たちと行った親睦旅行、そしてその10日後に行われた緑支部懇親旅行、品川、太田先生の講義受講報告「事業承継税制及び相続税制度の見直し」など、早く投稿したいのですが、今書いている記事が終わらないと、次のテ-マに入れない状態です。
 御蔭様で口コミによるものなのか、大分閲覧者と言いましょうか、訪問者の方の数も増えてまいりまして、ページビュ-では多い時で300ページになることもあります。
 先日の緑支部懇親旅行に参加した時に、うちの支部の情報システム委員長であり、パソコンに滅茶苦茶詳しい石飛先生にブログの話をしましたところ、早速閲覧して下さり、アドバイスも頂戴しました。
 その貴重な助言を受け、近々ホームペ-ジを一部改訂することとしました。その理由は、石飛先生曰く。
私の書いている記事は、ブログというより提言に近いもので、普通ブログというのは、もっと日常で起こる諸事を気軽に投稿するものだから。私の記事は、テ-マも記事も大分重たいので、ブログにはあまり馴染まないとも思うが、せっかく一生懸命書いているようだから、もっと読者数を増やすには、一つはホームペ-ジのトップペ-ジにブログ毎日更新中であることを目立つように載せた方が良い、もう一つはブログランキングにエントリ-することです。
 やはりパソコン、インタ-ネットにお詳しい石飛先生!
 私も毎日約1時間、自分の思いをブログに乗せて発信しています。読者数が一人でも増えればより励みになります。
 ただ逆にそうなると、あまりみっともない記事も書けませんが、自分の能力は決まっているのですからいくら恰好をつけてもどうにかなるものでもありません。今まで通り自分の考えていることをポツリポツリ申し述べていきたいも思います。

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閑話休題 その2 [閑話休題   ]

 事務所のブログを本格的に書き始めて、早1ヶ月がすぎました。最初は続くのか、また書いている時間はとれるだろうかなど不安が一杯でしたが、杞憂に終わりそうです。
 思いついたことをつれづれなるままに、その日の気分でパソコンに向かおうという気持ちで始めましたが、あるある。言いたいこと、思いつくことは結構あるものですね。
 趣味や高校時代の事など自分の過去を振り返る記事は、懐かしさを感じながら楽しく書いています。
 それに対して税法改正のテ-マは自分が税法改正に対して日頃から色々と不満や意見を持っていたので、自分の考えをまとめる意味でも、かなり気合いを入れてというよりも、かなり激情にまかせて書きなぐりました。今振り返ると結構過激な事を書いたなという思いはありますが、書いている過程で、もやもやしていた自分の考えに方向性がついた、というか一つの結論が出ることが多く、やはり書いたり人に話したりすることで自分の考えを再確認することってあるものだなあ、と思いブログをやって良かったとつくづく感じています。
 私はよく人からは特にお客様からは血液型はA型でしょう?とよく言われます。
 しかし私は根っからのB型人間だと、自分では確信しています。何故なら基本的に計画を立てコツコツとその計画、段取りに従ってやっていくのは苦手でして、むしろ大いにひらめき、というか思いつき人間です。
 ですから自分の直感に任せて行動を起こしてしまう傾向が多分にありまして、それが良い方向に作用することもあれば、大失敗することもありました。この点については自分でも大いに反省をしておりまして、性急に事を運ぶ事の怖さを十分に認識し、より慎重であろうと心がけています。それがお客様からは慎重居士にうつるのでしょう。
 仕事が仕事ですからむしろ慎重すぎて悪いということは決してないわけですから、先のA型人間と映ることは、自分にとっては大いに喜ぶべきことと思っています。
 しかしその一方で自分の直感、ひらめきは非常に大切にしたいという気持ちも十分にありまして、A型の良さを取り入れた修正B型でありたいと思っております。
 これからも大いに勉強し、大いに有用な研修を受講し、自分の見識を高めると共に、遊びや趣味の拡充を通じて人間としての幅を広げたい。それをフィ-ドバックしていけば、より内容の濃いブログになるのではないか、と勝手に自分に期待しながら今後も末永くブログの投稿を続けていきたいと思います。

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閑話休題 その1 [閑話休題   ]

 閑話休題。ようやくブログにも少しずつ慣れてきました。
昨年末に事務所でISO9001を認証取得したのをキッカケに今年の2月にホ-ムペ-ジを全面リニュ-アルし、ホ-ムペ-ジ作成業者の方からブログコ-ナ-のことを聞きました。事務所から情報を発信する、となるとそれなりに専門的な文章になるから、勉強不足ではやたらなことは書けない、と躊躇していたところ、作成業者の方は、「ブログをそんなに難しく考えないで下さい。言ってみれば、ご自分の日記みたいなものですよ。もっと気軽な気持ちで書かれたらどうですか。」と言って助言をして下さったので、それならやってみようという気になりました。
 しかし、うちの事務所の職員は冷ややかな反応。飽きっぽい(?)私がマメに書き込んで発信するなど全く想像できない様子で、「先生、どうせ中途半端になるから辞めたほうが良いですよ。」などと大変失礼なことをぬかすので、こちらもムキになって「冗談じゃない。私もコ-ナ-を設ける以上はキチンとやりますよ、見ていたまえ。」などと売られた喧嘩を買う羽目になって、逆に職員の余計な一言が私の迷っていた気持ちに最終決断をさせる結果となりまとした。
そんなことでホ-ムペ-ジ立ち上げと同時に、ISO9001を認証取得までの道のり、の記事を載せました。しかしそれ以来約2ヶ月間結局ブログは放ったらかしになってしまいました。その理由は確定申告の超繁忙期にさしかかってしまったからです。でも事務所の職員はやっぱりそれ見たことか、といった目で私をいるように思えました。これではいけない、あれだけタンカをきっておきながら、みっともないマネは出来ない、と思い直し再び心機一転ブログの書き込みを再開しました。
 自分で言うのも何ですが、私は20才くらいから日記をつけ始め、今でも毎日つけていますのでもうかれこれ30年以上つけていることになります。尤も日記といっても3~4行の毎日あった出来事を事務的につけているだけですが。それでも飽きっぽい自分ですが何故か続いていますし、勿論30年前の日記もキチンととってあります。ですから今回のブログにしても自分としてはその素地はあったと思います。テ-マにしても業者の方が言うように何も小難しいことを書こうと構えるのではなく、その日自分が気がついたこと、感じたことを書き込めば良いのですから、何かしら書き込むテ-マはあるわけで、あとは自分の気持ち次第ということが分かりましたので、自分でつけている日記同様飽きずに長く続けていきたいと思います。たいしたことは書けないつまらないブログですが、読んで下さる方に感謝します。   
 これからもよろしく。
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